大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)122号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕二、……を綜合すると、原告は昭和三三年四月頃母ひさゑを通じ被告に対し口頭で本件賃貸借契約を解約する旨の申入をした事実が認められる。ところで本件賃貸借が一時使用のためのものでないことはさきに認定した通りであるから、右解約の申入が正当の事由を具備していたかどうかについて考える。<証拠>を綜合すると、原告一家は古くから恵美須町で雑貨商を営んでいたが、原告はこれに気乗しなかつたので、昭和三三年三月頃これを他に売却処分し、その代金を妹婿の営む料理店株式会社「すし半」に出資し、母ひさゑと共にその取締役に就任し、姉婿と共同してこれを経営することになつたこと、原告が右「すし半」から受ける報酬は当初は一ケ月三万円余であつたが、その後事業の発展と共に逐次増加の一途を辿つたこと、また前記店舗を売却した当時借家住いを余儀なくされ多少不自由を感じていたが、昭和三五年頃には家を新築するに至つたこと、<証拠>を綜合すると、被告は本件建物を賃借すると同時にこれに必要な補修を加え、清水町の旅館を処分して得た代金を右旅館業に投資し、当初は赤字続きであつたがこれも克服して昭和三三年頃には営業も漸く軌道に乗り始めたこと、被告には二女があるが長女は被告を扶養する資力なく、次女の内縁の夫は南区日本橋筋一丁目で旅館業を営んでいるが、同女とは家庭の事情から同居しにくい状況にあり、他に扶養を受くべき親族もないこと、以上の事実が認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない。以上双方の事情を比較考量すると未だ前記解約の申入に正当の事由を見出すことはできない。
三、原告が昭和三八年一一月一六日の本件口頭弁論期日において被告に対し本件建物明渡に伴う立退料並びに営業の補償として金百万円を支払うことを条件として本件賃貸借契約を解約する旨の申入をしたことは当裁判所に明らかである。そこで右解約申入に正当の事由が存在するかどうかを判断する。<証拠>を綜合すると、原告は昭和三五年七月頃その所有に係る本件建物に隣接の貸家(木造瓦葺二階建居宅一階一七坪五合六勺外二階一〇坪一合四勺)の明渡を受けたが、その後三年間留守番をおいたままこれに居住せず、昭和三八年一〇月頃より漸くこれに居住するに至つたこと、原告は昭和三五年四月頃浪速区恵美須町一丁目一番地の二六に木造瓦葺二階建居宅一棟(一階一五坪六合四勺二階一五勺六合四勺)を新築し、これを居宅兼従業員の宿泊所に当て、現在住宅には何等困ることはないこと、原告が姉婿と共同で経営している株式会社「すし半」は現在資本金八百万円で従業員百数十人を擁し、原告はこれより月収約三十万円を得ており、母ひさえは今更本件建物で旅館業を営むつもりもなくまたその必要も全くないこと、以上の事実が認められる。一方、<証拠>によると、被告は現在七〇歳を超え病気勝ちではあるが、いまのところ旅館営業に支障はなく、右営業により月々七、八万円の収益をあげ生活を支えていること、被告には他に資産はなく、また二女があるがいづれも同居しにくい事情があり、他に扶養を受くべき親族もないこと、以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕証拠に照し措信し難い。以上認定の双方の事情だけから考えると、本件解約に正当の事由を見出すことは到底できないが、原告は本件家屋明渡の代償として金百万円の提供を申入れているので、右事実を併せ考えるに、右提供の申入のあつた金百万円は、本件建物の賃料の五年六ケ月分にも相当し、この種の家屋明渡請求の代償としては相当高額のものであることは否定し得ないから、右提供の申入は本件解約が正当事由を具備するか否かを判定するにつき重要な一資料たること失わないが、正当事由の有無の判断においては、家主、借家人双方の賃貸借家屋に対する利害関係その他諸般の事情を、建物利用の社会的経済的調整という観点から、公平に比較考量してこれを決すべきところ、被告は本件建物を旅館として利用することにより月々七、八万円の収益をあげており、被告が本件建物を失うことは被告にとつて死活問題であるのに反し、原告が本件建物を必要とする程度の極めて低いことは前記認定の事実から明らかであるから、右百万円提供の事実を併せ考えても本件解約に正当の事由を認めることはできず、更に原告が最初被告に対し解約の申入をした時からすでに五年有余を経過している事情を考慮に容れても、未だ右解約に正当の事由の存在を肯認することはできない。(谷野英俊 坂詰幸次郎 渡瀬勲)